治療は、小さな卒業の積み重ね|精神病治療における支えと依存

希望の朝日へ続く山道 治療
支えも、状況によっては依存になる

精神病は、何か一つの治療をして、パッと治るものではありません。
ひとつひとつ、できることを経験していく中で、少しずつ良くなっていくものです。

精神病の症状を背負いながら進んでいくには、時には支えも必要です。
支えはありがたいものですが、必要がなくなった支えからは、卒業していく必要があります。
支えも、状況によっては依存になります。

たとえば、強迫症状が強い時、湧き上がる強迫観念から意識をそらすために、ゲームは有効かもしれません。でもやりすぎて生活に支障が出るようになると、それは支えではなく依存になります。

アルコールやタバコも、本人にとっては一時的な支えになっていることがあります。しかし、これらは依存にもなりやすいので注意が必要です。
そういう意味では、お薬も同じです。お薬も支えになりますが、人によっては薬に依存してしまうこともあります。私は、薬は少し足りないと感じるくらいがいいと思っています。
(ただし、減薬は主治医とよく相談して決めてください。特に統合失調症や躁うつ病では、減薬しない方がいい場合があります。)

プライドも同じです。
精神病のどん底にいる時には、プライドが強ければ「這い上がろう」という動機付けにもなり、支えにもなります。困難な時ほど、プライドは大事です。
しかし、良くなってからもプライドにこだわり続けると、融通が利かなくなったり、他人を見下したりする方向に出てしまうことがあります。
そうなると、さらなる治療の妨げになるので、いずれは手放す必要があるかもしれません。

また、支えてくれる人は、本当にありがたい存在です。
でも、今は頼っているとしても、いつかはその人からも卒業していく必要があります。
だからこそ、今のうちに、その人からいろいろ学んでください。

治療は、小さな卒業の積み重ね

このように、精神病の治療は、小さな卒業の連続になります。
卒業といっても、完全に手放す場合もあれば、手放さずに次の課題へ進んでいく場合もあります。

私自身の感覚ですが、何かひとつのこと、たとえば作業療法などを始めて、少し変わってきたかなと感じるのは、1年弱くらいのことが多いように思います。
1年くらいをひとつの目安として、取り組む課題を変えながら次のステップへ進んでいけば、5年ほどでだいぶ変わるんじゃないかと思います。もちろん、期間には個人差があります。

人間関係や仕事が変わるとき

精神病になると、対人関係がうまくいかなかったり、集中力が続かなかったり、気力が出なかったりします。そういった理由で、人間関係や仕事が長続きしないと言われることも少なくありません。

しかし、それとは別に、治っていくことによっても、今までの人間関係や仕事が続かなくなることがあります。精神病の治療過程では、卒業のたびにいろいろと変化が起きるからです。付き合う人が変わる、やっていることが変わる、仕事が変わるということが起きやすいです。

人間関係や仕事を終わらせる時には、それが逃避なのか、それとも次へのステップとしての卒業なのかを考えてみるのがいいでしょう。必ずしも判断できるとは限りませんが、できるだけ見極めた方がよいと思います。私も何か問題があると、卒業の時期かどうかをよく検討します。

私のやり方ですが、初めのうちは分かりづらいので、しばらくの間は、卒業する時期なのか、そのまま継続する方がよいのかを観察します。信頼できる第三者に相談したり、少しずつ卒業の動きを試したりしながら、こちらのアクションによる周囲の変化と、自分の感覚・感情を観察します。そのうえで、どちらに流れがあるかを判断します。仕事の場合は、転職活動もしながら、どちらに流れがあるか、どちらがスムーズに物事が進むかを観察します。卒業の時は、本当はもっとその仕事を続けたかったのに、なぜか続けられなくなることも多いです。

もちろん逃避が必要な場合もありますが、自分の問題と相手の問題をしっかり見極めたうえで、戦略的に撤退できれば、次に生かせると思います。人との別れ方も、感情の勢いに任せて啖呵を切って別れるのではなく、そっと距離を取るのが戦略的かもしれません。期待するわけではありませんが、将来、別のいい形で再会する可能性もあります。
逆に、いつも言いたいことが言えず、感情を押し込めてしまう人にとっては、時には大声で自己主張してみるのが、いい練習になるかもしれません。

治療においては、変化は宿命

精神病の治療は、小さな卒業を繰り返し、そのたびに変化を受け入れるということでもあります。私も多くの人と同じく、変化の少ない安定した環境の方が好きです。でも治療においては、変化は宿命です。だからこそ、その変化をただの苦しみとしてではなく、治療が進んでいく「しるし」として受け止める必要があります。以前書いた「精神病という十字架を、道しるべとして生きる」という記事にもつながります。