メタ認知とは何か|精神病の回復における「問い」と時間の役割

metacognition 治療

最近、精神科領域でも「メタ認知」という言葉を耳にするようになりました。メタ認知は、精神病の治療において有用だと私も思います。
ただし、いま語られているメタ認知は、多くの場合「考え方の技術(スキル)」として扱われている印象があります。

私はもう少し違う角度から、精神病の回復とメタ認知がどうつながるのかを、私なりに整理してみます。

メタ認知とは何か?

メタ認知とは、ざっくり言えば、自分の感情や考えに巻き込まれすぎず、少し距離をとって観察できる力です。たとえば、こんな気づきがメタ認知にあたります。

– 「自分は不安に振り回されている。」
– 「私は落ち込んでいる。」
– 「俺のこの考えは被害妄想かもしれない。」
– 「これは一つの見方にすぎないかもしれない」

渦中ではメタ認知は難しい

ただ、精神病の渦中にいるときに、こうした客観的な視点を持つのは難しい——私はそう思います。
このメタ認知は時間が経って冷静に見られるようになってから、過去を見たときの視点です。

– 「あの時は、不安に振り回されていたんだな」
– 「あの時は、被害妄想に近かったんだな」

こうして後から言えるようになる。これが実際のメタ認知の獲得の仕方だと思います。

メタ認知の「種」を植える

「渦中ではメタ認知は持てません」で済ませると、話がここで終わってしまいます。
そこで大事なのが、渦中にできること——つまりメタ認知の種を植えることです。

その種になるのが、私の考えでは 「なぜ?」という問い を持つことです。
渦中では、客観的に意味づけも整理もできません。
それでも「なぜ?」という問いだけは残せる。

– 「なぜ、俺は不安なんだ?」
– 「なぜ、こんなに落ち込むんだろう?」
– 「なぜ、自分はこう考えてしまうんだろう?」

うつ治療の動画でも触れましたが、問いはこう言い換えてもよいです。
– 「自分の大事な拠り所が脅かされた。それは何か?」

渦中でできる認知は、ここら辺が限界でしょう。
しかしこの主観的な問いが、のちにメタ認知へ育つ「種」になります。

メタ認知を育てるコツ:答えを急がない

メタ認知がすぐ育たないというのは、言い換えれば問いの答えはすぐ出ないということです。
ここで大事なのは、答えを急がず、問いのまま保持することです。

私は、答えは「知的理解」ではなく「体験的理解」になると思っています。
たとえば——
「なぜ僕は泳げないんだ?」という問いに対して、本を読み込んで知識を仕入れるだけでは、泳げるようにはなりません。実際にプールに行って練習し、ある時点で「あ、こういうことか」と体が理解する。その体験そのものが答えであり、言葉で説明する必要はありません。直感的に、全体が一度に分かる感じです。

精神病の時期に、安易に答えを出そうとすると、自分を責める/他人を責める方向へ行きやすくなります。それはメタ認知ではなく、精神病渦中の自分と同化することになります。

体験的理解が出るまで、何年かかってもよい。問いを保持してください。

もう一つの育て方:無意識の存在を受け入れる

もう一つ、意識しておくと良いのは、無意識の存在を受け入れることです。

精神分析的には、精神病の症状は、無意識が抑圧された結果が別の形で現れている、と捉えることができます。つまり、自分の精神にも、意識では分からないところがあるということです。
ここで大事なのは、無理に答えを作らず、

「自分には分からない無意識の部分がある」
「無意識の本心は何だろう?」
と、これもまた問いの形で保持することです。

精神病の症状は意識にとっては苦しい。しかし無意識の側から見れば、それは抑圧に対する“発散”として起きている——私はそのように理解しています。(※もちろん、ここで言う「発散」は「放っておけばよい」という意味ではなく、意味のある現象として捉え直すというニュアンスです。)

メタ認知を育てている時、どんな感じになるか?

ところで、メタ認知を育てている時、人はどんな状態になるでしょうか。
それは簡単に言うと——
「自分のことが分からない状態」
「自分の考えを疑っている状態」です。
たとえば、こんな感じになります。

– 優柔不断で、どうしたいか分からない
(自分の考えを絶対視しない=正しさが揺らぐ)
– 迷ってばかりで、行動力が落ちる
(行動力は「確信」「一体感」がある方が出やすい)

世界が単純で、善悪がはっきりしている方が、人は動きやすい。
しかしメタ認知を育てている段階は、世界と自分の関係を再構築している段階です。
だから一時的に、行動力は落ちます。

まとめ:回復は「問いを持ち続ける」時間の中で進む

流れをまとめると、私はこう捉えています。
壊れる → 分からなくなる → 「なぜ?」だけが持てる → 行動力が落ちた時間が続く → やがて答えにたどり着く(=メタ認知を獲得する)
しかもこれは一回で終わりではなく、人生の中で何度も繰り返します。
分からないまま、忍耐で生活を続けていく感じになります。

「すぐ結果を出す」「やる気と行動力がある」というのが評価される現代社会の価値観とは合いにくい。
しかし、周囲に惑わされず、自分のペースで、一歩ずつ確かめながら歩んでいくことが大切です。

メタ認知とは、強い人が持つ“特別な資質”ではありません。
回復の時間の中で、問いを手放さなかった人に、後から芽生えてくる視点だと思います。