精神医療系の本で、「患者さんと向き合う時はまず共感することが大切」というのはよく見るセリフです。しかし、こう書かれると、「自分は共感できていないんじゃないか」という思いが頭をよぎり、どういう意味で共感という言葉を使っているのか、詳しい説明が欲しいなと思います。
本当の共感はありうるのか?
私自身、感受性が落ちているので、共感力も落ちているのは自覚していますが、でも本当に共感してしまうと、それは精神病になってしまうのではないかと思います。家族など親しい関係性の中で、妄想が伝播・共有される共有精神病(folie à deux/誘発性妄想)というのがあります。患者さんの精神病世界に同化し、そこから一緒に這い上がってくることができるのであれば、それは究極の支え方なのかもしれません。しかし、精神病の世界から抜け出せなくなる危険もあります。少なくとも、私にはそれはできません。
私にできる精一杯の共感
私がたまにやるやり方としては、患者さんの話を聞いたとき、その状況に近い自分自身の過去の精神病体験を思い出し、当時の自分なら、どのような言葉をかけられたら救われるだろうかと考えながら向き合うことがあります。これが私にできる精一杯の共感です。しかし、この方法では、感情を含めた自分の精神病体験を思い出すことと、治療者として治療を考えることの両方を行う必要があるため、かなりエネルギーを使います。そのため、最近ではこのやり方はあまりしていません。
たぶん、一般的に言われている共感というのは、患者さんの話を理解する、患者さんの感情を理解するということなんだろうと思います。私も今は大体がこの方法でやっていますが、稀に全く理解できないときもあります。
いずれにせよ、患者さんと向き合うときは、治療者視点を堅持することが重要です。それが結果的に、自分が精神病の世界に呑み込まれないための防波堤になります。
共感(理解)の失敗
患者さんに共感(理解)していると思っていても、実は間違うこともあります。
ある患者さんが、自分の苦悩を訴えた最後に、「先生は経験がないから分からないでしょう?」と言ったことがありました。私も精神科医駆け出しの頃で、共感が大切だと思っていましたので、「私も経験しているから、分かりますよ」と答えたのです。そうしたら、患者さんは唖然として言葉を失い、その後、私の診察には来なくなってしまいました。
患者さんは何に共感(理解)してほしかったのか?
共感を示した言葉なのになぜだろう?と考えてみると、患者さんは「誰も私のことを分かってくれない」ということに共感(理解)してほしかったんだなという結論に至りました。患者さんが精神病で苦しんでいても、何を共感してもらいたいのかは、見極める必要があります。
もし今そのような言葉を投げかけられたら、黙って聞くか、軽く「そうですね」と相槌を打つくらいになると思います。
カミングアウトについて
ここから少し話は広がりますが、「何を分かってほしいのか」という問題は、カミングアウトの問題にもつながります。
先ほど、患者さんの本心を見極めるのを間違った例をお話ししましたが、本当は患者さん自身が自分の本心に気づき、それを正確に伝えられるのが望ましいです。期待した反応が来ないと考える前に、何を期待しているのかを明確にする必要があります。
カミングアウト時に整理すること
たまに「カミングアウトした方がいいか」聞かれることがありますが、これはまず、どのようにしてもらいたいのかの本音を、整理する必要があります。漠然と「私、実は精神病なんです」と言うだけでは、相手もどう対応していいか分かりません。以下に、相手に求めていることの例を、言語化してみます。
①「大変だったねー」と言ってもらって、頭をなでなでしてもらいたい。
私も学生時代、何を期待しているのかをはっきり意識しないまま、2回ほど一部をチラッとカミングアウトしたことがあります。一世一代の告白のつもりでしたが、その時、友達には「そーなんだー」と言われただけで、拍子抜けしました。しかし友達はその後も変わらない態度で接してくれて、今思うと一番いい接し方をしてくれたと思っています。
②相手の期待通りにできないことを証明したい。
相手の期待通りにできないことを証明したい場合、それは結局、相手からどう思われるかを選ぶことになります。バカと思われるのか、いいかげんな奴と思われるのか、薄情な奴と思われるのか、それとも精神病患者と思われるのか。その違いを天秤にかけたうえで、カミングアウトするかどうかを決めるのがいいと思います。
もし、相手の過剰な期待を感じるのであれば、理由は必要ないので「やらない」「嫌だ」と断ってください。どこからが過剰かという絶対的な基準はありませんが、迷ったらとりあえず断るのがいいでしょう。
③やってもらいたいことがある。
何かをやってもらうには、具体的にお願いする必要があります。まずお願いしたい内容を整理して、その上で、精神病のカミングアウトを一つの選択肢として検討するのがよろしいかと思います。
なんか意地悪な言い方になってしまった気もしますけど、自分の本心を理解することは大切です。本心を正確に理解することによって、カミングアウトした方がいいのかどうか、どのようにカミングアウトするのか、相手がどのように反応しそうか、など戦略的に作戦を立てられます。
迷惑かけたくないという心理
「人に迷惑をかけない」というのは、日本人のメンタルにしみ込んでいて、私たちの思考や行動に大きな影響を与えています。一見、他人への思いやりのように見えます。しかしその奥には、他人から悪く思われたくないという他者評価への怖れや、規範・ルールへの執着が潜んでいますので、これを愛と勘違いしない方がいいです。
まあ、周囲から浮いてしまうと生きづらいので、処世術くらいの認識であればいいとは思いますが、これを信念とはしないでください。
特に”うつ”の時はこの思考は持たない方がいいです。人間は、生きている以上迷惑をかけるのは当たり前です。もし「人に迷惑をかけてしまっている」「迷惑をかけたくない」と、どうしても思いたいのであれば、周囲の人達がやってくれていることに対して「ありがとう」という感謝の言葉に置き換えて考えてください。そして、些細なことでいいので、自己犠牲感が出ない範囲で、自分にできることは何かを考えてほしい。思いついたことを、「こんなちっぽけなこと」と勝手に自己卑下しないでください。その時の自分にできること、本当に小さくていいので、積み重ねていくといいと思います。
治療目標として理想とする人物像
話がかなりずれて、治療者側の共感から、患者側の本音や治療の話に移ってしまいますが、患者としてどういうところを目標にしたらよいのかを書いてみます。
目標は、
✖「仕事ができるようになる」
✖「家事ができるようになる」
✖「周囲に気が利く」
✖「まじめな人」
✖「模範的な人」
ではありません。
〇「わがままに生きてるけど、道を踏み外さない人」
〇「自分勝手だけど、接してみると普通に感じる人」です。
このタイプは、誤解されることも多いと思いますが、
〇「人から非難されても、気にしない人」です。
最後に
患者さんには自分の本音に向き合ってほしいのですが、外来診療の中で医者が患者の本音を推測して、それをお伝えすることは、なかなかできません。私自身、人様に偉そうなことを言える人間ではないということもありますが、本音を分析することによって、患者さんが私に責められたように感じたり、さらには「自分が悪いんだ」と自責の念で、逆に症状が悪化してしまうことがあるからです。
患者さんは治療のために病院を訪れるのでしょうが、まだまだ本音に向き合う準備ができていないこともあります。その場合、医者が治療を先走ってしまうと、あまりいい結果にはなりません。共感と治療、時に相反するこの二つに対処していると、自分でも偽善を感じることがあります。それでも、あまり深く考えすぎずにやっています。
今回はなんだか、私のひねくれた性格が出た記事になってしまいました。
